全日本大学駅伝の関東学連選考会 紫紺のエースが見せた気迫の走り

バスを降りると、暗闇のなかにスタジアムのライトが輝いていた。近づくにつれて、声援が大きくなっていく。雨天のナイター決戦。紫紺のエースが時代の流れを食い止めた。僕にはそう見えた。

インターハイ関東大会(千葉)の取材を終えて、すぐさま浦和・駒場スタジアムに向かうと、勝負は最終局面を迎えようとしていた。全日本大学駅伝の関東学連推薦選考会(6月18日)は最終4組。すでに集団はバラバラになっていた。最もスピード感のある走りを見せていたのがふたりのケニア人留学生で、その数十メートル後方で塩尻和也(順大)と坂口裕之(明大)が競り合っていた。

レース状況を陸上専門誌の編集者に尋ねると、彼はこう答えた。「日本人トップ争いは塩尻と坂口です。順大と明大は3組終了時でボーダー争いをしています。順大は栃木も上位を走っているので大丈夫でしょうけど、明治は微妙ですね」と。

ほどなくラスト1周の鐘がなった。雨と汗で濡れた肌を光らせたランナーたちが最後の力を振り絞る。日本人で真っ先にゴールへ飛び込んだのは紫紺のエースだった。

坂口は昨年秋に「真性多血症」で苦しんだ選手。今季は関東インカレの1万mで塩尻に次ぐ日本人2位に入り、全日本選考会でも快走した。そんな坂口が気になり、レースが終わると、真っ先に彼を追いかけた。

坂口がチームメイトのもとに戻ると、各校のタイムを集計していたマネージャーが「たぶん7位だ」と声を上げた。明大は3年生エースの快走に救われたようだ。そこで着替えを終えた坂口に話を聞いた。

ある程度、計算をしたうえで積極的なレースを展開したのかと思っていたが、坂口はチームの状況を把握していなかったという。「自分の走りをしたら通るんじゃないかなと思っていました。実際、それに近い結果だったので良かったです」と笑顔をのぞかせた。

「目安はなく、とりあえず今だせる全力を尽くせば、次のレースにつながるかなと思っていました。西さんから『勝負しろ』という指示を頂いていたので、留学生と少し差があいたときは、『僕がやらなければ』と詰めていきました」

塩尻の前に出て、坂口はワンブィ(日大)とムイル(創価大)の背中を追いかけた。その後は引き離されたものの、最後は関東インカレの1万mで敗れた塩尻に先着。日本人トップの激走で、10年連続となる伊勢路キップを引き寄せた。

坂口は全中3000mチャンピオンというエリート。諫早高でも5000mで13分台をマークするなど、ときおり輝きを放ってきた。しかし、本人は「中学以降はあまり勝つレースができなかった」と振り返る。

昨年は真性多血症の影響で秋には2か月ほど練習ができなかった。どうにか箱根駅伝には間に合わせたものの、10区で区間13位。その後、徐々に体調を上げてきて、関東インカレ1万mでは自己ベストの284013で4位に食い込み、復活をアピールした。

「自己ベストを出したということは、今までになかった負荷が自分にかかっているということなので、関東インカレの5000mは回避して、3週間後の今日に向けてトレーニングを積んできました。2レース続けて良い結果を残すことができたんですけど、今後も着実に強くなっていくしかありません。高いレベルの結果を求めるとしても、1歩ずつ進むことが、一番の近道なので、まずは次の試合に向けて、頑張っていきたいです。足ですか? 足をスパイクで擦ったみたいなんですけど、レース中はアドレナリンが出ていたので全然気づきませんでした。終わってからメチャクチャ痛いなと(笑)」

今回の1万mで2835秒47の自己ベストを刻んだ坂口。次はホクレンシリーズの5000mに出場予定だという。坂口は1年時の全日本を1区7位と好走しているが、エースとして臨む伊勢路でどんな走りをしたいのか問うと、「全日本まだ先なので、自分のコンディションがどうなっているのかわかりません。まずは目の前の試合でしっかりと結果を残していきたいです」と返してきた。全中王者になった後は、慢心もあったというが、自身の活躍に浮かれた様子はまったくない。

近年は学生駅伝の上位校として君臨していた明大だが、この数年の戦績は下降気味。前回の箱根駅伝は18位まで急降下した。再び〝暗黒の時代〟に引きずりこまれるのでは……。そんな雰囲気が漂っていたものの、チームとは別メニューでレベルを上げてきたという坂口が〝救世主〟になった。よみがえったエースが今後も古豪・明治を引っ張っていくに違いない。

「総合成績表」は関東学連サイトで