安藤友香は金メダルまで突っ走るか!? 「脱・駅伝」スズキが見せたマラソンの可能性

マラソンシーズン中、常に暗い顔をしていた日本陸連の瀬古利彦長距離マラソン強化戦略プロジェクトリーダーが“最後のレース”を終えて、ようやく笑顔を見せた。「今日は大ハッピー! 張本さんでいえば、大あっぱれ! よくやってくれた」と絶賛したのが、名古屋ウィメンズマラソンで快走した安藤友香(スズキ浜松AC)だ。

安藤は日本歴代4位の2時間2136秒を叩きだして、初マラソン日本最高記録を更新。ロンドン世界選手権の派遣設定記録(2時間2230秒)を突破して、日本代表が内定した。リオ五輪銀メダリストのユニスジェプキルイ・キルワ(バーレーン)に食らいつくレースは、2020年東京五輪の“大活躍”を予感させるものだった。

名古屋は2つのペースメーカーが用意され、ファーストは中間点を1時間1100秒前後、セカンドは1時間1200秒~30秒で通過する予定だった。セカンドのレースメイクは、日本陸連が「強化対策」として設定。1月の大阪国際と同じで、前半は抑えたペースで入る「ネガティブスプリット」のなか、後半にどれだけペースアップできるかを意識させるものだった。キルワを追いかけた安藤は、中間点を1時間1021秒で通過。日本陸連の思惑を無視するかたちでレースを進めて、瀬古リーダーを大喜びさせたことになる。

レース後のインタビューで、「ここで戦えないと世界で勝負できない」と安藤は、先のことを考えずに突っ走ったことを明かした。好タイムには、「実感がない」と驚きながらも、「終盤はついていくことができず、自分の弱さが出たなと思っています。今のままでは(世界と)戦えないので、また練習を頑張ります」と反省を口にしていた。安藤の“目線”は、日本陸連が定めた場所よりも数段高かった。

初マラソンで東京五輪のヒロイン候補として注目を集めた安藤だが、陸上界では高校時代から知られた存在だ。豊川高校では全国高校駅伝に3年連続で出場。2年時(09年)と3年時(10年)にはチームの主軸として活躍し、連覇を果たしている。

高校卒業後はチームミズノアスレティックに所属して、母校・豊川高校で練習を続けたが、2年で時之栖へ移籍。その後、2014年に現在所属するスズキ浜松アスリートACへ移った。環境が変わるなかでも確実に成長して、昨年3月の世界ハーフマラソンでは日本人最高の10位に食い込んでいる。そして、初マラソンで衝撃デビューを飾った。下げ気味にした腕を振らない“忍者走り”は高校時代から変わらないが、サングラス姿の彼女は大人っぽくなった。

名古屋では、安藤と同学年のチームメイトである清田真央も中間点を1時間1046秒で通過。2時間2347秒の好タイムで3位に入り、ロンドン世界選手権の代表入りが確実だ。スズキ浜松ACに所属する選手が大躍進したわけだが、そこに日本がマラソンで活躍するためのヒントがあるのかもしれない。なぜなら、スズキ浜松ACは企業を母体とするチームでありながら、実業団連合に加盟していない珍しいチームだからだ。

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