東京マラソン 日本人集団はなぜ序盤で外国勢に引き離されたのか!?

先日行われた東京マラソン、日本勢が序盤で海外勢に遅れる場面を見て、「なぜ付かないんだ!」と不思議に思った方も多いと思う。

問題のシーンは7㎞付近にやってきた。海外勢と日本勢のあいだにスペースができて、瞬時に差が広がる。日本人で慌てて追いかけたのは村山謙太(旭化成)だけで、他の選手は追走しなかった。

結果についてはご存知の通り、村山は22㎞過ぎにトップ集団から脱落。日本人集団はスローペースに陥り、誰ひとり〝サブ10〟を達成することはできなかった。

レース後の会見で、日本陸連の酒井勝充・強化副委員長は「本来ならトップ集団に付いていくことが代表をつかむ近道だったんじゃないかなと思います」と話していたが、まったくその通りだ。しかし、村山以外の日本人選手は誰も行かなかった。

なぜだろうか?

 

東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと

 

まずはペースメーカーの「ペース」が不安定だったことが挙げられる。テレビ中継では1㎞の入りが「2分55秒」とアナウンスされたが、ある選手に聞いてみると、体感的には、「2分40秒台」というハイペースでスタートしたという。そのため、序盤からペースメーカーと外国人選手のあいだに空間ができるような状況だった。

ペースメーカーはケニア人の3人。5㎞を14分54秒、10㎞を29分37秒で引っ張り、約30m下る最初の5㎞より、次の5㎞(14分43秒)の方が速かった。トップ集団の後方にかたまっていた日本勢は、ペースメーカーのスピードアップに気づくのが遅れたことが予想できる。

※個人的には、東京マラソンのペースメーカーは日本人と日本のチームに所属する外国人が務めた方がいいと思う。

実際、ただひとりトップ集団を追いかけた村山は、「今井さんしか見ていなかったので、外国勢のペースが上がったのが分からなかった。気づいたら差がついていたんです」と振り返る。

日本勢が反応できなかったのは、今井正人(トヨタ自動車)の状態が良くなかったことも影響している。リオ五輪選考会の〝本命〟と見られていた今井を多くの選手がマークしていた。そのため村山の反応が遅れたし、今井が追走しなかったことで、他の日本人選手も自重することになったからだ。

30㎞で1時間28分52秒の学生記録を保持する服部勇馬(東洋大)も、「急にペースが上がって、外国勢と日本人選手のあいだが空きましたが、他の日本人選手が追いかけなかったことと、それまでペースが安定していなかったので、集団のなかで安定したペースを刻んでいこうと思いました」と話している。

高速レースを望んでいた服部にとっては、ゼッケンナンバーの〝不運〟もあった。スペシャルドリンクのゼネラルテーブルはゼッケン番号の末尾「1」から順に設置されているが、服部のゼッケンは「159」。ゼネラルテーブルは最後になる。給水時のアクシデントに巻き込まれるのを防ぐため、集団の後方でレースを進めていたのだ。集団内での位置取りが、ペースアップの対応に遅れた原因でもある。

〝たら・れば〟を言うとキリはないが、もし服部が村山と一緒に追いかける展開になれば、他の日本人選手も反応した可能性は高い。日本人の結果、リオ五輪選考の行方も大きく変わっていただろう。