大迫傑、オレゴン・プロジェクト閉鎖の影響と新大会設立の意図を探る

プロランナーとして活動する大迫傑の周辺が騒がしい。まずはナイキが運営する「オレゴン・プロジェクト」が閉鎖する。ヘッドコーチのアルベルト・サラザールに禁止薬物の不正売買や使用などの違反があったと米国反ドーピング機関(USADA)が認定。4年間の資格停止処分を課せられたからだ。

同プロジェクトに所属する大迫は、その余波を受けることになる。ただし、ナイキは今後も所属選手の支援を続ける予定。大迫も自身のSNSで「僕を強くしてくれた大切なチームが無くなるのは悲しい。ナイキは今後も今までと変わらないサポートを約束してくださり、活動には全く支障ありません」と綴っている。

箱根駅伝は1区で2年連続の区間賞。1万mでは日本人学生最高記録を樹立するなど、早大時代から特別な輝きを放っていた大迫だが、渡米してさらに強くなった。

転機となったのは2012年のロンドン五輪だ。当時大学3年生だった大迫は日本選手権1万mで佐藤悠基(日清食品グループ)に敗退。0.38秒差で逃したロンドン五輪の1万mでオレゴン・プロジェクトに所属していたモハメド・ファラー(英国)とゲーレン・ラップ(米国)がワン・ツーを飾り、「どんなチームなんだろう!?」と強く惹かれたという。

オレゴン・プロジェクトはアフリカ系選手と対等に戦えるアメリカ人選手の育成を目的に設立した長距離チームだ。ニューヨークシティマラソン3連覇(1980~82年)の実績を誇るサラザールをヘッドコーチに迎えて2001年にスタートした。誰でもウエルカムというチームではない。大迫は何度も断られたが、「速く走りたい」という純粋な気持ちが彼を駆り立てた。熱意と走りが認められて、アジア人として初めて正式加入した。

「本当に自分がこの環境でやりたいと思って来ただけなので、理由はすごくシンプルです。環境もそうですし、トレーニング内容も当時の日本と大きく違っていました。今でこそ、日本の長距離選手もウエイトトレーニングを取り入れていますが、当時は走るのが主流でしたから。自分の身体がどう変わるんだろう、という興味がありましたね」

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