「ライター」と記した名刺をつくれば、誰でもライターになれるのだ。

スポーツライターになるには何をすべきなのか!?

6か月+3か月の夜間講座を終えた僕には、さっぱりわからなかった。

しかし、ライターとしての初仕事が意外なかたちで転がりこんでくる。「スポーツライター講座」を主催していた『ダカーポ』の元・編集長である棚橋芳夫さんが、声をかけてくれたのだ。

棚橋さんは当時、マガジンハウスの子会社だったシンクハウスの社長で、超がつくベテラン編集者。ジャナ専が主催していた「編集者養成講座」の先生として、話を聞いたことはあったものの、それだけの関係で、個人的な会話をしたことはなかった。

ちょっと記憶が曖昧だが、「スポーツライター講座」のメイン講師だったAさんが、講座仲間のOさんを棚橋さんに紹介。Oさんからの誘いを受けて、僕も棚橋さんの集まりに顔をだすようになったんだと思う。

img_0872

あなただけの〝特別な一冊〟を作成します!

よく理解しないまま初めて銀座にあるマガジンハウスに行くと、棚橋さん以外にもマガジンハウスの方たちがいて、浦和レッズの話をしていた。そして、棚橋さんは僕にこう言ったのだ。

「サッカーも好きか? 好きなら取材してみなよ」

なんの実績もないのに、ライターとしての〝チャンス〟をもらったのだ。このとき、僕は初めて夜間講座に通って「良かった」と感じた。勉強になったからではない。講座に通ったことで、出版界につながる〝人間関係〟を築くことができたからだ。〝蜘蛛の糸〟のようにか細いものだったけど、それは確実に目指す方向へ伸びていた。

チャンスを手にしたとはいえ、当時の僕には「若さ」以外、なにもなかった。ライターの知識、スキル、道具……。T氏から「まずは名刺をつくってこい」と指示された。どうやら、「ライター」と記した名刺をつくれば、誰でもライターになれるのだ。

数週間後、『Freerance Writter 酒井政人』という名刺が完成して、なんだか誇らしい気持ちになった。まだ1文字も書いていないどころか、いま見ると、誤植(正しくはFreelance)なんだけど。

なにはともあれ、大学を卒業して1年。酒井政人は無事、「ライター」になれたのだった。

「酒井政人の思い出」の前回投稿はコチラ