ボストンから凱旋帰国した川内優輝が成田空港で語ったこと

ボストンマラソンで日本人としては瀬古利彦以来、31年ぶりの優勝を飾った川内優輝(埼玉県庁)。4月19日に帰国すると、成田空港で囲み取材に対応した。そこで発せられたのが、集まったメディアがまったく予想していなかった「プロランナー」宣言だった。帰国直後の成田空港で川内は何を語ったのか。その全貌をお伝えする。

──今のお気持ちは?
ボストンにいたときから、すでに大変なことになっていたんですけど、日本に帰ってきて、改めてボストンマラソンで優勝できたことを凄くうれしく思います。
──世界の強豪と戦うと言い続けてきての優勝です。
天候に恵まれた面もあるんですけど、そのなかでも昨年のロンドン世界選手権の金メダリスト、銀メダリスト。リオ五輪の銅メダリスト、大阪世界選手権のメダリストと、4人のメダリストを倒して優勝できたことは、非常にうれしく思っています。
──実況の中で「奇跡の男だ」と言われていました。
ネットで少し見まして、最初はテレビに映りたいだけの目立ちたがり屋なんじゃないかと言われていたみたいですけど、最後の方はすごく褒めていただいたことを知りました。
──表彰式の国歌斉唱で涙を流していたのが印象的でした。どんな感情がこみ上げてきたんですか?
今までマラソンをやってきて、あれほど素晴らしい場面に出会ったことがありません。2011年テグ世界選手権の団体銀メダルのときに、国旗があがっていくのを見て、この瞬間のためにアスリートは頑張っているんだなと感じて以来、特別な思いがありました。そうしたなかで、ボストンの空に日の丸を上げることができたことは本当にうれしくて、言葉にならないくらいです。
──優勝賞金約1600万は現地でいただいてきたんですか?
おそらくドーピングコントロールテストが終わってからになると思います。
──何か使い道などは?
来年の4月から公務員の方をやめて、プロランナーに転向しようと思っていますので、そちらのほうの資金にしようと思っています。今年は(勤務する久喜高校が)創立100周年の記念行事がありますので、そちらの方を滞りなく終わらせて、引き継ぎの方も完璧に済ませて、来年からもう一度、世界の舞台で戦いたいなと思っています。
──プロランナーになるという決意の経緯は?
ロンドン世界選手権で、自分自身、公務員と両立しながらやれることはやってきたつもりですが、あと一歩で入賞に届かず、自己ベストも5年間更新していません。今の環境を変えなければいけないと思っていました。以前から、『3年間結果がでなければ、環境を変えないといけない』と言っていまして。ただズルズルと5年間きてしまいましたので、ちょうど100周年というやらなければいけない仕事が終わりますし、自分が公務員としてやりたかった埼玉国際マラソンの実現もできました。そうした意味で、今後自分が何をやりたいのか考えたときに、マラソンで世界と戦いたい、という思いが強く、このような決意になりました。
──プロランナーの道を進むことになり、今回優勝したことで東京五輪への意欲は変化がありますか?
東京五輪に関しましては、今回とは真逆のコンディションですので、なかなかイメージできませんが、ボストン優勝という実績もできましたし、とにかく今以上に、世界中からオファーはたくさんくると思いますので、そのなかで日本人としてどこまでやれるのか。世界の強豪を相手に戦っていきたい、と覚悟を決めました。
──ボストンで優勝しましたが、今シーズンはまだ続きます。
国内のフルマラソンはしばらくなくて、6月のストックホルム、7月のゴールドコーストというかたちで、海外マラソンが続いていきます。
──3日後はぎふ清流マラソンですよね?
予定よりも1日帰国が遅れてしまいましたし、現時点ではスピードがないということもありまして、今の段階ではハーフで戦うのは厳しいと思っています。スピードをつけ直して、世界と戦うためには環境を変えないといけない、という結論に至りました。
──今日、この後の予定は?
もう仕事に行かないといけないので、なるべく早めに終えていただけると(笑)。


──今回の優勝で自分へのご褒美は?
伝統あるボストンマラソンに勝つことができたことが私にとってのご褒美です。それ以上に望むものはないと思っています。
──プロランナーになればマラソンにかける時間は増えますが、東京五輪を目指していこうという気持ちの変化はありますか?
現時点では暑さ対策や長期の合宿ができないので、なかなか狙うという意欲が出てこないですが、ただプロになってみて、本気のマラソン人生が始まったときに、何かできることがある、と考えられれば、そのときは自信を持って挑戦したいと思っています。
──プロになるにあたり、スポンサーを集める活動などはしていくんですか?
その点に関しては、ボストンマラソンの賞金が非常に大きい部分があります。ボストンの賞金があればスポンサーがなくても、おそらく3~4年は活動できると思います。もちろんスポンサーがついてくだされば、それはうれしい部分がありますが、藤原新さんらを見ていて、競技に集中できるはずであったのに、スポンサーに削られてうまくいかなかった部分もあったように思います。自分自身が競技に集中するために、助けていただけるのであれば必要としますけど、自分から積極的に、マネジメント会社をつけて求めるようなことは必要ないのかなと思います。レースの賞金と、今は受け取ることができない出場料をもらえるようになれば、十分にまわると思っていますので、そういうかたちでやっていければいいなと思っています。
──ご家族にはどう話したんですか?
そもそも弟(次男の鮮輝)が会社をやめて、1年以上プロとしてやっていまして、自己ベストを大幅に更新しています。自分自身は5年間、自己ベストを更新できていません。自分が仕事に行かないといけない時間に弟は治療に行っていたり、より多くの練習をやっていたり、合宿を組んだり、そういう姿を見ていて、自分はこのままでいいのかと思うようになりました。プロランナーになった弟の存在が、今回の決断には大きかったです。
──ボストンの結果がプロ転向の後押しになったんですか?
金銭面での不安がなくなったのは一番大きな部分ではあると思います。ただ、前々から計画はしていて、ボストンが最後の決め手になったと思います。
──どれぐらい前から考えていたんですか?
昨夏のロンドン世界選手権くらいから、少し思う部分はあったのですが、12月の福岡国際で弟が大幅に自己ベストを更新したのを見て、すごく思う部分がありました。
──プロランナーに転向することを書いても大丈夫?
たぶん呼び出されると思いますけど(笑)。それは仕方ないです。いつかは通らないとはいけない道なので。
──職場には伝えているんですか?
同僚の一部には言っていましたが、たぶん偉い人には届いていないと思います。
──今年度いっぱいでということですよね?
もちろん、そうです。まずは仕事をしっかりとやり遂げたい。100周年が終わると、間違いなく異動になると思いますので、異動になる前に退職するのが区切りはいいのかなと思っています。

──プロになったらタイムを縮めていきたい?
もちろんです。今の状況ですと、ハッキリ言って、設楽(悠太)君、井上(大仁)君よりも、私の方が劣っていると思っています。ボストンではあのようなコンディションを味方につけて勝つことができましたが、純粋なタイム勝負ですと、スピードが足りません。スピードが足りないならどうすればいいのか。それを考えると、環境を変えるしかない。そういう結論に至りました。
──設楽選手、井上選手に勝つためですか?
設楽君、井上君に勝つためというよりは、ふたりに勝てないようだと、今回のボストンは勝つことができましたが、純粋な勝負だと(世界の強豪には)勝てない。そういう思いです。
──東京五輪は関係ありますか?
世界中のレースで勝ちたいですし、時間的制約があり、海外遠征に行きたくても行けなかったこともありました。パリ、ロッテルダム、バルセロナなどは学校行事とかぶったりしましたし。私がトップランナーとして世界中をまわれるのは、あと10年もないと思います。もしかしたら、5年もないかもしれません。あのときプロになっておけば良かった、と後悔するのは嫌だと思いました。私はサインに『現状打破』と書いているんですけど、自己矛盾を感じていました。自分が『現状維持』ではないか、と。他人には現状打破しと、と言って、自分は現状維持で、何も挑戦していない。それが5年間、自己ベストを更新できなかった原因ではないかと思っています。
──戦う場に日の丸はこだわるのか?
日本代表にはこだわらず、世界各地のレースで戦う。ケニア、エチオピアの選手がやっているようなことをやってみたいと思っています。
──日本記録の更新もやってみたい?
可能性があれば、もちろん挑戦していきたいと思っています。ただタイム以上に勝負に強い。ペースメーカーのいないレースでは、自分自身で仕掛けて、アグレッシブに行けるようなレースをしたいと思っています。
──長期合宿もやっていきたい?
特に夏場は、暑いなかでの練習で調子を落としてしまうことが多かった。高冷地で合宿ができれば、何か自分も変われるのではという部分もあります。そういうことも試していきたいです。
──「公務員ランナー」を捨てることの不安は?
公務員ランナーというひとつのやり方は示せたと思います。最近は公務員ランナーも増えてきまして、そういう方法でできることは証明できた。次は何ができるかといったら、自分自身やりたいことをやろう、と。100周年の仕事が終われば、仕事で何かやりたいことがあるかといえば、特にありませんが、マラソンではやりたいことがたくさんある。そろそろ昇進試験も受けないといけない年齢なのに、昇進試験も受けず、平の公務員として、いつまでもマラソンをやっているのであれば、弟のようにマラソンに人生をかけなきゃいけなのかなと思いました。
──出場料、賞金で年間どれぐらいの収入になるのか?
出場料は詳細を聞く前に、すべて断ってきているので想像はできないですけど、お金のために走るわけではないですし、自分自身の可能性を試したい。そのためにプロになります。お金はあまり気にせず、生きていければいい。
──プロになることで、誰かに師事を受けることは?
資金さえあれば何とかなると思っていまして。今回、ボストンマラソンで賞金が入りましたので、これがあればしばらくは何年間はやっていけますし、底をついてしまって、結果も出なければ、どんな仕事でもやりますので(笑)。
──3~4年は持つだろうという話をしていたが?
それまでにしっかり結果を出したい。逆にいえば、3~4年プロでやってみて結果がでなければダメだと思います。3~4年で結果を出して、その次につながるのか。結果が出なければ、どうするのか。そのあたりがひとつの決断になると思います。
──東京五輪は目指すんでしょうか?
現時点では、(暑さ対策などに)自信が持てていないので。今回のボストンは周囲が『最悪のコンディションだ』と言っているなかで、私だけが『最高のコンディション』だと思っていたので、そこが一番大きかったと思います。環境が変わって、どうなるのかですね。

囲み取材はテレビから始まり、途中からペンとなる。川内のプロ宣言は、あまりにも唐突で、多くのメディアが驚いていた。筆者はボストンマラソンについて質問するつもりで出かけたが、質問は「プロランナー」のことに集中。レースについては聞くことができなかった。記者から何度も聞かれたのが、「東京五輪」について。川内は暑さなどを理由に2020年東京五輪までは「日本代表」を目指さないことを明言しているが、プロになることで〝参戦〟する可能性も出てきたようだ。