3年目ライターが完全〝フリーランス〟の道を選択した理由

先日2度目の確定申告を終え、還付金の振り込みが待ち遠しい3年目ライターのMATSUです。

さて桜もすっかり咲き始め、4月からは新生活を始めるという方も多いのではないでしょうか。そういう意味では、この私も4月からは新生活を迎えることになります。

それは何故か……

約3年半続けてきた出版社でのアルバイトを卒業することになったからです!

「えっ、たかがバイト辞めるだけでしょ」

という声が聞こえてきそうですが(笑)、そう単純な問題ではありません。バイトを辞めるということは、すなわち『給与所得』が無くなるということ。つまり、完全なフリーランスへ転身することを意味するのです!

では、なぜそのメリットを捨ててまで完全独立へと走るのか。その理由は2つあります。

1つ目は、ライター業1本で最低限やっていけるだろうという『メドが立った』こと。バイトを辞めることで一時的に稼ぎは減りますが、空いた時間で他の仕事を増やせるので、それを考えれば大した問題ではありません。

「3年でメドが立たなければ廃業」。この仕事を始めた時はそう考えていたので、何とかギリギリ間に合ったかたちです。

2つ目の理由は、『やれるうちにやりたいことをやっておきたかったから』。現在僕は26歳(今年27歳)で、世間的にも業界的にも〝若い〟とされる年齢です。ライターの世界では元新聞記者や元雑誌編集者の〝スペシャリスト〟が多く、経験や実力ではとても歯が立ちません。

そんな僕が唯一武器と言えるのが〝若さ〟です。知り合いのフリー編集者(50代)に「初めて平成生まれの人と仕事したよ」と言われるほど、特にスポーツの分野では若いライターが不足しています。そんな状況下で僕のような存在は貴重らしく、だからこそ僕のような新米でも仕事が舞い込んできたのかもしれません。

しかし、若さには〝賞味期限〟があります。若さを失う前に、さまざまな仕事を経験して実力と実績を作っておきたかったのです。

そのためには、1つの安定した場所を持つより、いろんな現場へ行き、いろんな人と仕事をする必要があると考えました。

現在、僕は5つの媒体で定期的に執筆し、そのほか単発でいくつかの仕事を任せて頂いています。原稿量としては毎月20〜30本近くです。が、これでも収入としてはギリギリやっていけるかどうかのレベル。締切前には徹夜は当たり前ですし、日帰りで片道3時間半の取材だってこなします。

40歳、50歳になって今のような生活が続けられるかといえば、正直体力的に厳しいものがあります。体力勝負ができるのは今のうちだけ。そういう意味でも、いろんなことに手を出せるのは20代のうちだなと思い、完全フリーランスの道を選択するに至りました。 3年間を振り返ってみて……

いざ3年間ライターを続けてみて(正式には9月で丸3年)、「自分はかなり運が良かったな」というのが現在の心境です。

<MATSUのライター生活ダイジェスト>
【2014年11月】某スポーツ専門誌の編集部のアルバイト→その雑誌で執筆している某スポーツライターに弟子入り(仕事の手伝い)→【2015年9月】Twitterのプロフィール欄に「新米ライター」と記載していたところ、DMで仕事の話が来る→初めてライターとして契約を交わす→バイト先の雑誌で執筆を徐々に任せてもらうようになる→専門誌で書いていることが信頼につながり、徐々に仕事が舞い込んでくるようになる→アルバイトとライター業の掛け持ちがしんどくなってくる→完全フリーランスへ【現在】

特に、〝若い〟というだけで先輩方にはかなり可愛がっていただきました。食事はいつも奢っていただき、原稿のチェックも厳しくしてもらいました。今後は若さだけではやっていけないので、本物のライターになるべく〝プロ〟の意識を持って生活すべてを捧げていく所存です。

そして今回の記事をもって、こちらのサイトへ寄稿するのは最後となります。約2年間、新米ライターの〝リアル〟をつづってきたつもりですが、最後まで拙い文章で申し訳ございません。もしもライターを志している方がいたら、参考程度に過去の記事も遡って見てもらえたら幸いです。

MATSUの前回投稿

●MATSU 1991年生まれ、東京都出身。スポーツ専門誌の編集部でアルバイトをしながら、スポーツライターの道を模索中。中学・高校は陸上部で5000mの自己ベストは15分43秒67。大学はラクロス部